(徒然道草その28)世界で初めての「酒」は猿がつくった?
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(徒然道草その28)世界で初めての「酒」は猿がつくった?

2017年01月30日(月)3:47 午後

地球上には、有史以前からお酒があったという説がいろいろある。その中の一つにこんなのがあった。――猿が木の実や果物をかじって、木の祠にため込んでいたら、雨水が流れ込んで、酵母の発酵作用により、天然のお酒(エチルアルコール)となった――。それはいい香りがしたのであろう、「おいしい飲み物」であるお酒を、類人猿も、文明以前の人類も、知っていたことになる。

 メソポタミアでは8,000年前から農耕が行われ、麦が栽培されていた。そのころから既に「麦芽と水が発酵」してビールが生まれたと考えられている。古代エジプトの4,000年前の墓の壁画や象形文字のレリーフには、ビール醸造の記録が見られる。

ブドウからできる「ワイン」も、およそ6000年前のものとされる醸造跡が、トルコの東隣りのアルマニアで発見されており、メソポタミアでは古くから飲まれていたことが分かっている。その後、地中海交易に乗り出したフェニキア人により古代ギリシャやローマへと伝わる。

(ここからはウキペディアの引用)この頃の「ワイン」は水割りにして飲まれ、原酒のまま飲むのは野蛮とされた。それはギリシャ北方に住むスラブ系の祖先であるスキタイの原酒飲酒の習慣を忌み嫌っていたからだと言われている。現代ギリシャ語でワインをοίνος(エノロジー『oenology、ワイン醸造学』の語源)ではなく普通κρασί(混合)と呼ぶのはこの水割りの習慣の名残である。当時の「ワイン」はブドウ果汁が濃縮されかなり糖分を残していて、アルコール度数はそれほど高くはなかった。そのため「酒」というよりは長期保存可能なブドウジュースといった感覚であり、濃すぎる甘さを抑えるために水割りにして飲んだ。ヨーロッパの水は硬水が多く、大変飲み難いために、それを飲みやすくするために「ワイン」は大切なものであり、その意味では水で割るというよりも、水に加えて飲みやすくする物であった。

ワインの醸造技術が格段の進歩を遂げたのはローマ時代においてとされ、この時代に現在の製法の基礎が確立した。それにより糖分がかなりアルコールに転化され、ワインをストレートで飲む「大酒飲み」が増えていった。

 中世ヨーロッパ時代にブドウ栽培とワイン醸造を主導したのはキリスト教の修道士たちが暮らす僧院であった。イエスがワインを指して自分の血と称したことから、ワインはキリスト教の聖餐式において必要不可欠なものとなった。

すべては神が創造したと教えるキリスト教は、錬金術を否定して迫害した。そのため錬金術師たちは、ヨーロッパから中東へと流れた。金属や岩石を砕いたり焼いたり化合したりして「金」をつくり出そうとしたが、その試みはことごとく挫折した。しかし、蒸留技術を磨き新たな道具をつくり出すことで、植物から香水や薬を抽出したり、醸造酒からアルコール度数の高いお酒を生み出すことに成功した。9世紀にはイスラム帝国宮廷学者ジャービル・イブン=ハイヤーンが、三段重ね構造の「アランビック蒸留器」を発明した。アルコール度数の高い蒸留酒を簡単に造れるこの「アランビック」の登場で、蒸留酒文明は世界中に広がり、日本でも「欄引き」技術として伝わった。

使う原料は穀物、果実、野菜、家畜乳、糖蜜、バナナの花、葡萄・砂糖キビ・日本酒の搾りかす等々、造られる「命の水」はブランデー、ウイスキー、ウオッカ、アクアビット、東南アジアのアラック、中国の白酒(バイジュウ)、茅台酒、沖縄の泡盛、焼酎、中南米のテキーラやラム酒など多種多様である。



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