(目魁影老の徒然道草 その16)イスラーム原理主義イデオロギーは20世紀に生まれた
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(目魁影老の徒然道草 その16)イスラーム原理主義イデオロギーは20世紀に生まれた

2016年06月21日(火)4:27 PM

 人類はその叡智によって、歴史上初めて、社会主義という国家を実現した。
 1917年2月革命で、武力によってロシア帝国は倒され、臨時政府が成立した。その後の内戦に、レーニンの率いる共産主義勢力が勝利して、労働者が権力と領土を簒奪し、1922年にロシア、ウクライナ、白ロシアなどを統合するソビエト連邦が発足した。これは、マルクス・レーニン主義という革命イデオロギーの輝かしい勝利として称えられ、革命運動は世界中の知識人に広まっていった。しかし、人類の将来は必ず社会主義が勝利するという左翼思想は、自由主義思想との激しい攻防の果てに、70年後のソ連崩壊によって、幻滅に終わった。
 「人は能力に応じて働き、必要に応じて与えられる」
 そのような社会こそ人類の目指す究極の理想という思想が、ヨーロッパの知識人に広がり、その共産主義社会へ進む第一歩として、まず社会主義国家をつくるという考えが生まれた。それは人が人を強制労働に追い込み搾取する資本主義から人類を解放し、平等な社会を目指すものであった。理想の社会を創り出すために武力革命によって国家主権を奪い取るという考えは、思想家たちの頭の中から、労働者の武力蜂起を促す運動、すなわちイデオロギーへと昇華していった。このイデオロギーは19世紀末にマルクスとエンゲルスによってつくられた。それは文化や国家は、すべて経済により生まれるという唯物史観を説いたもので、階級社会から平等社会へと転覆させる武力革命の原動力となった。 
革命を果たしたソ連では、土地も資本も一党独裁の共産党政権が握り、計画経済が導入された。すべての企業が国営となり、教育も人々の生活も国家によって管理された。しかしその夢も試みも、わずか70年で灰塵に帰し、社会主義思想は叡智の花を咲かせるどころか、多くの人民を虐殺するという汚点を残し、共産主義という果実を実らせることなく終わった。ソ連は、平等社会を目指すあまり独裁国家となり、人々に人権も、自由も許さない暗黒の時代であった。
  
 イスラーム法に則った理想社会の再現を目指すのが、イスラーム原理主義であり、ISILの「イスラーム国家」である。神の啓示を受けた預言者ムハマンドは610年にイスラーム教を開き、632年に亡くなった。その後30年間にわたり、預言者に代わって最高指導者カリフが4代(彼らを正統カリフと呼ぶ)、イスラーム社会を統治した。ISILは、聖典クルアーンに示された神の言葉に従って「国家」が営まれた1,400年前(日本で言えば聖徳太子の時代)の正統カリフ時代こそ理想と考え、イスラーム社会に「武力革命」を伝播させようとしている。
イスラーム教の急進派の思想「原理主義」は1960年代にエジプトで生まれた。ムスリム同胞団メンバーであった思想家サイイド・クトゥブ(1906年生まれ1966年国家転覆を謀った容疑で処刑)は、西欧文明に絶望し、イスラーム法こそ唯一の救いだと悟り、著書の中で次のように主張した。イスラーム法を守っていない国は、統治者が礼拝、断食など宗教儀礼を遵守していたとしても、イスラーム国家ではない。今日、地球上には、①共産主義国家(ソ連など)②偶像崇拝国家(インド、日本など)③キリスト教、ユダヤ教国家④自称イスラーム国家しか存在していない。
この原理主義思想は、新たな革命イデオロギーへと昇華していった。マルクス・レーニン主義と同じ道をたどるのか、理想社会創設を成し遂げることが出来るのか、目魁影老は大きな目玉で眺めている。



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