(目魁影老の徒然道草 その14)アメリカ・インディアンは95%殺された
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(目魁影老の徒然道草 その14)アメリカ・インディアンは95%殺された

2016年06月21日(火)4:20 PM

アメリカの歴史では1890年は先住民族から西部フロンティアを完全に勝ち取った輝かしい年である。サウスダコタ州のウンデット・ニーで200人以上のスー族が殺され、インディアンとの戦いは終わった。12月29日のことである。
アメリカ・インディアンは、かつて1,000万人が暮らしていたとみられるが、ヨーロッパ人による先住民絶滅を狙った虐殺によって95%が殺され、父祖伝来の地は完全に征服されてしまった。土地を奪われたアメリカ・インディアンは、抵抗するすべもなく保留地に強制移住され、その後も過酷な運運命を余儀なくされ続けた。2003年の国勢調査では、その子孫は278万人である。

地球は70万年前から10万年周期で気候変動を繰り返している。2万年前から1万年前ころにかけては、最終氷期と呼ばれる寒冷期で、カナダやヨーロッパ北部は氷河に覆われていた。氷河は厚いところでは3,000メートルにもなり、地球上の水が陸地の上に氷となって蓄積され、海面は100メートルから130メートルも水位が下がった。その分、地球上の陸地面積は広くなり、日本は大陸と、北米アラスカはシベリアと陸続きであった。温暖期に入ると氷河が溶けて、少しずつ海面が上昇した。1万6,000年前に日本海が生まれ始め、1万4,000年前にはベーリング海峡が出現した。
アフリカのケニア、エチオピアを貫く大地溝帯の地域でホモ・サピエンスと呼ばれる現在の人類が25万年ころ前に誕生し、10万年から7万年前ころ(諸説ある)アラビア半島に広がり、次第に地球上に拡散していった。北アメリカ大陸にモンゴロイドと呼ばれる人類が住むようになったのは、ベーリング海峡のまだ存在しなかった1万5,000年前ころと考えられている。それからわずかに1,000年ほどで人類は、アラスカから南アメリカの南端にまで達した。

コロンブスは1492年に西インド諸島を「発見」したが、その地が新大陸であるとは思っていなかった。1503年にイタリア人のアメリゴ・ヴェスチップが新大陸であると提唱し、1507年にドイツ人地図製作者のマルティン・ヴァルトゼーミュラーが、西半球の陸地をアメリカ州と名付けた世界地図を作成したことにより、アメリカ大陸という名称が始まる。そして、早くも1498年には英国人カボットが北米大陸の東海岸を探検し英国がこれを領有(ニューイングランド植民地)、1534年にはフランス人カルティエがセントローレンス川を遡ってこれをフランスが領有化(カナダ植民地)するなど、西欧人による南北アメリカ大陸の探検と開拓、インディアンに対する虐殺が広がった。
蒙古襲来を鎌倉幕府の命令で撃退した日本と違って、北米に住んでいた先住民は、広い土地に分散して暮らし、話す言葉も宗教的な儀式や生活慣習も異なっていた。部族間で争い戦うことは有ったが、統一した王朝もなければ、同じ民族というアイデンティティーもなかった。馬も鉄器も、酒さえ知らなかったインディアンを、南から侵略してきたスペイン人に続いて、北と東から入って来たイギリス人やフランス人たちは、疫病と武器と酒の威力で、殺しまくり、インチキな売買契約で土地を奪い取り、勝手に植民地を広げていった。
先住民絶滅を推し進めたのは、皇帝でも、独裁者でもなかった。自由平等を掲げてヨーロッパ支配から独立したアメリカの議会と国民が、法律を作り、国家戦略として行った。キリスト教徒にとって異教徒殲滅は当然のことであった。



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