(目魁影老の徒然道草 その5)南アメリカの人々の悲しみ
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(目魁影老の徒然道草 その5)南アメリカの人々の悲しみ

2016年06月10日(金)2:38 PM

 南米を13日間回り、無事に帰ってきました。
 南米ツアーでは、①飛行機のダイヤの大幅乱れ②軽い高山病③大雨で列車あわや運休――など大変な思いをしました。しかしそれ以上に心を痛めたのは、ブラジルもアルゼンチンもペルーも、猛烈な格差社会である姿を垣間見たことでした。広大なジャングルや砂漠の広がる土地にしがみ付いて暮らす原住民系の人々と、伝染病を持ち込み、土地を奪い取り、奴隷として徹底的に収奪したヨーロッパの侵略者たち。その憎むべき歴史を知りながらも、450年という年月の中で、アフリカから連れてこられた黒人奴隷も含めて、混血が進み、さらにアジアからの移民も混ざり合って、あたかも清く澄んでいた湖が泥沼へと変わったように、格差社会は広がり、混迷を続けているようでした。
 
 ペルーにやって来た176名のゴロツキどもはなぜ簡単にインカ帝国を滅ぼし、神殿や文化を破壊尽くし、金銀をスペインへ奪い去ることが出来たのか。その謎は深まるばかりでしたが、クスコのガイド(スペイン系との混血)の話が印象的でした。「インカの人々は身長が150㌢もないほど小さかった。そこへ、180㌢以上もある大男達が銃を持ってやってきた。しかも、彼らは金髪であった。時のインカ皇帝は初めて見たヨーロッパ人を神だと思った。戦わず頭を下げた」
 インカは文字を持たず、鉄器も馬も、強大な軍隊もなかった。インカの皇帝たちの力を示すものは「金」であり、神殿は「金」で埋め尽くされていた。その神殿は破壊され、金銀はすべて奪われて溶解され、スペインへ持ち去られた。皇帝に取って代わった「金髪の大男たち」は、キリスト教を使ってインカの人々を洗脳し支配するために、神殿を壊した跡にカソリック教会を建設した。その教会の祭壇には「十字架のキリスト像」ではなくて「マリア像」を飾った。
 スペイン人は自分たちの歴史や文明や金銀を奪った侵略者である、その事実を憎みながらも、ペルーの人々は「170㌢もある自分の身体にもヨーロッパの血が混ざっている」という悲しみから抜け出せない。インカの神の儀式の伝統は生活の中に残ってはいるが、国民のほとんどがカソリック教の信者であり、メスティオと呼ばれるスペイン人と原住民の混血が60%を占める。かつて、この国家を変えようとした日系移民のフジモリ大統領は排除された。
 一方、ブラジルでは東部地域に入植したポルトガル人が大規模農園プランテーションの労働者として原住民を使おうとしたが、ヨーロッパから持ち込まれた疫病のためにほとんどが死んでしまった。そこで、アフリカ黒人を奴隷として使い始めた。その黒人奴隷を増やすために(?)子供を生ませることを厭わなかったポルトガル人は混血を進め、その子孫の多くがスラムに暮らし、教育も受けられない。貧民層が65%という格差社会がブラジルである。
 アルゼンチンは、白人が97%を占めるカソリックの国である。入植してきたヨーロッパ人は農業よりも牧場を選んだために、黒人奴隷を必要としなかった。原住民との混血を進める政策も採らず、逆に理想的なヨーロッパ文明の国家造りを目指して、原住民を大量に殺し、国外に追い出した。現代のヨーロッパ以上に、古き良きヨーロッパ文明の残っている国となっているが、権力を握る富裕層や労働組合貴族が跋扈する格差社会となっている。現地の旅行ガイドは日系人女性であったが、どうしてアルゼンチンは平等社会にならず富裕層が生まれたのか訪ねたところ、「賄賂です」という答えが返ってきた。



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