(徒然道草その24)日本はなぜ「箱庭みたい」な地形なのだろうか
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(徒然道草その24)日本はなぜ「箱庭みたい」な地形なのだろうか

2017年01月30日(月)3:10 PM

戦前の朝鮮半島で17歳まで育った画家の入江一子さんは、美術学校に入学するために初めて日本の地を踏んだ時の印象を、「日本は緑が多いのにびっくりしました。まるで箱庭のようでした」と語っている。日本に生まれ、日本に育った人間は、山が多く、小さな川が流れ、狭い農地にひしめき合って人々が暮らしている姿しか知らない。私も、これが自然であり、世界中どこも同じだろうと思っていた。日本が大変に恵まれた国土であるとは知る由もなかった。

海外旅行で世界各地を回るにつれ、この地球の大地がもともと平らであることが分かってきた。

 なぜ、グランドキャニオンが出来たのか、1万㍍上空を飛ぶ飛行機の小窓から地上を眺めていて気付いた。地球の陸地は生まれたときから平らなのである。かつては北米大陸にも多くの雨が降った証であろうか、この広大な不毛の砂漠にも、巨大な河が流れている。この大河が、平らな地面に1,000㍍もの深い谷を延々と刻み込んでいる。樹木の全く生えていないモニュメントバレーに聳え立つ岩もはっきりと見える。この大地の姿こそ地球なんだ、と感動した。

 海洋地殻がプレート移動によって押し上げられて、何億年もかけて海面より高い大陸地殻が生まれたが、マントルが地球内部から噴き出して出来る初期の海洋地殻は、高い海底火山の連なる凹凸の激しい表面であった。原始の地球上では、月の引力によって起こる満ち潮と引き潮の干満の差は数百㍍もあり、干満の間隔も今よりも随分と時間が短かった。そのため干満の度に海水は猛烈な激流となり、海面から顔を出して陸上地殻へと変わろうとするプレートを何億年も削り続けた。こうして平らな大地が生まれ、陸地の周りの海底には、流出した岩な砂が堆積して、大陸棚が形成された。

 日本はユーラシアプレートの東端にあるため、太平洋プレートがマントルの中に沈み込むときに引っ張られて地殻が割れた。そこに海水が流れ込んで日本海が生まれ、中新世(2,300万年前から530万年前)にユーラシア大陸と分離して島となった。プレート同士の狭間にあるために、リアス式海岸のように沈み込んだ場所もあり、3,000㍍級の山脈となって盛り上がった場所もある。周りを海で囲まれた日本は、冬はシベリアから、夏は太平洋から風が吹いて、雨が一年中降る。この雨水と川の流れによって山が削られ、河口の平地や、内陸部の盆地が生まれた。しかし、雨水と川が岩を削る浸食は、何億年も続いた海水の激しい地殻浸食とは比べようもない。せいぜい「箱庭」のような狭くて緑豊かな地形をつくるのが精いっぱいであった。

 氷河の力も巨大であった。地球は何度も寒冷期に見舞われ、つい数万年前の氷河期でさえ、3,000㍍もの厚さの氷が陸地を覆った。地球が温かくなり氷河期が終わると、氷は解ける。氷河が解け始めると、斜面を移動する。その時に岩山を削る。川の流れによって浸食された谷はV字型となるが、海面より低くまで地表を削ることはない。しかし、氷の塊である氷河は大地を1,000㍍の深さにまで削り、U字形の谷底は海面よりも低くなる。氷が解けて無くなると、そこへ海水が流れ込んでフィヨルドとなる。

ノルウェーにはたくさんのフィヨルドがあり、長さ200㌔に及ぶものもある。フィヨルドの両岸は500㍍もの垂直の岩山が続く。大雨が降ると、テーブルの端から一気に水がこぼれるみたいに、無数の滝が出現する。日本一の那智の滝(落差133㍍)をはるかに凌ぐ滝が、何十も何百も一斉に流れ落ちる絶景となる。



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