(目魁影老の徒然道草 その7)不毛の湧水が青きアドリア海をつくった
トップページ > (目魁影老の徒然道草 その7)不毛の湧水が青きアドリア海をつくった

(目魁影老の徒然道草 その7)不毛の湧水が青きアドリア海をつくった

2016年06月10日(金)2:49 PM

 地中海の水は青く澄みとても美しい。とりわけイタリア半島とバルカン半島に挟まれた長い入り江のようなアドリア海の青さは透き通るほど美しい。
2012年の冬の終わりに、成田空港からドイツのミュンヘン空港→スロベニア→クロアチア→モンテネグロ→ボスニア・ヘルチェゴビナ→オーストリア→ミュンヘンと、大型バスで3,600㌔も走り回るツアーに参加した。
添乗員の40歳くらいと思われる男性は、世界中を回っているガイドらしく大変博識で、ヨーロッパの悪どい植民地支配の手口や歴史をコキ下ろし、いかに日本民族が優れているか、江戸時代末期から明治にかけ初めて日本を訪れたヨーロッパ知識人たちの残した日本の民衆生活を礼賛した手紙などを、これでもかと言わんばかりに話してくれました。
 もちろん、観光地ごとに変わる現地ガイドも大変親切でした。ギリシャ、ローマ、ベネチア、ハンガリー、オスマントルコ、オーストリア、ナポレオン、ヒトラーたちに征服され続けたバルカン半島の人々の苦難の歴史に触れ、いかに懸命に小さな都市国家(人口はせいぜい数千人から数万人)を守ろうとして来たかという説明を熱く語ってくれました。そうした世界遺産となったアドリア海沿岸の史跡や観光地を回りました。
 バルカン半島のアドリア海沿いの地形はアルプス山脈から続く2,000㍍から3,000㍍にも迫る高い岩山が南北にどこまでも続き、山の上には雪が積もっていましたが、旅行中はずっと快晴で昼間は20度近くまで気温が上がる異常さでした。クロアチア以南は石灰岩に覆い尽くされたカルスト地帯で、不毛の大地でした。往路は海岸線を走り、復路はやや内陸部をバスは走りましたが、季節風はイタリア側のアドリア海からではなく、東側の大陸性気候から吹いてくるようで、海岸に立つ松や樹木は真っすぐ育たず、海に向かって斜めに傾いていました。高い山脈の東側は雨が降るらしくて緑の草木が生えていて山頂には雪が積もっていますが、岩山の西側の地中海性気候の土地は乾燥し、雨はほとんど降らない様子がうかがえました。その雨も、たちまち石灰岩のカルストに吸い込まれてしまいます。バスで走っていても川も橋もない不思議な風景です。せいぜい1㍍にも満たない灌木が生える程度で、日本みたいに草木が育ちません。肥沃な表土が無いために、農地にすることも出来ないし、羊さえ飼うことのできない、人間の生きていけない岩山と荒野ばかりです。
 ホテル前のビーチを散歩しましたが、貝殻がありません。海藻も、石に着いた牡蠣やカラス貝も見当たりません。日本の三陸の海に、アワビやウニや魚が豊かに育つのは、黒潮と親潮がもたらすプランクトン、そして山から流れ込む樹木の養分の恵みのお陰です。
 アドリア海の水はとてもきれいです。山に木がなく、川がなく、わずかな雨水もカルスト地帯の石灰岩に濾過された、地下水脈となって海に湧き出ているからです。「川は岩山の中を流れています。マウント・リバーと呼ばれてます」
高度恐怖症の私ですが、海岸沿いの断崖絶壁を走る観光バスの100メートルもの窓下を眺めていると、直径50メートルもの湧水が海面に吹き上げているのを見付けました。海岸の洞窟から地下水が流れ出しているところもありました。
富士山の伏流水が湧きだす三島の柿田川のような澄み切った水が、あの美しい青きアドリア海をつくっていることが分かりました。
プランクトンも、海藻も、魚貝類も、きっと育たない海だろうと思いました。



«   |   »